~倉持自分史~

神奈川支店倉持です!

1996年 倉持 産声を上げる】

神奈川県藤沢市出身

物心つく前に横浜市に引っ越し今日に至ります。

家族構成は、父、母、2つ上の姉、自分、5つ下の弟

【幼稚園~小1 長い長い嫌々期】

とにかく泣き虫でありえない声量で事あるごとに泣きじゃくっていたそうです。

毎日2つ上の姉に教室まで連れて行ってもらい、そこから幼馴染の女の子(なえちゃん)に

パスされ一日面倒をみてもらっていたそうです。

小1まではそんな泣き虫嫌々状態が続いていました。

春の新しいことが始まる感じがそわそわして凄く嫌いで、今でも春のにおいを嗅ぐと少しだけ

緊張します。

【小2~中3 野球に出会う】

祖父の代から野球一家だったこともあり、近所の少年野球チームに入りました。

これがきっかけでやっと泣き虫を卒業し、中学では硬式のクラブチームに入りました。

中学では野球熱もあったものの周りの友達に流されがちでもっと遊びたいという気持ちに

かられるようになり、たまたま全国大会予選でホームランを打った試合を見に来ていた

私立高校に推薦で入学できるという話まで上がったにも関わらず、遊びたいという欲にまけ、

近所の決して頭のいいとは言えない高校に入学することになりました。

この頃周りには「私立蹴って公立いくわ~」とかっこつけて伝えてましたが、今考えると

寮生活でガチガチの野球をやっていくことにビビっていただけだと思います。

もし話を受けていたらどうなっていたんだろうと毎年高校野球シーズンになると今でも思います。

野球をやめて高校ではバイトしてギターでも習おうと考えながら中学校を卒業しました。

※中学の卒業アルバム~ダサすぎる偽物ベルト

【高校入学~ 結局野球部に入る】

高校に入学し最初の友達が野球部入部希望で、野球部に入るか遊ぶか揺れに揺れて

結局友達に体験だけ来てみなよ!という一言で行った体験で当時キャプテンにその日に

入部届を書かされて結局高校でも野球をすることになりました。

普通の公立高校にも関わらず顧問の先生が鬼のように怖く、特に礼儀、私生活にはとても

厳しい方でした。

3年間中学の時に夢見てた華やかな高校生活とはかけ離れた野球漬けの日々を送ることになります。

しかしここで先輩たち、顧問の先生に礼儀を叩き込まれたおかげで、卒業後、アルバイトや目上の人と話す場面で野球部に入っておいて良かったと思えることがあります。

毎日の朝練、朝掃除、午後練習の生活を続け、高校最後の夏、県大会3開戦で現楽天イーグルスの松井投手擁する桐光学園に大敗し、無事に高校野球生活に幕を閉じました。

高校2年生までは成績がとにかく悪く、その後の進路は高卒で土木関係か、建築関係の仕事に就こうと思っていたのですが、高校3年生の時の担任が顧問の鬼先生になったことで、真面目に授業を受けるほかに選択肢がなく、成績がかなり上がり、鬼顧問から「倉持お前大学いけるぞ!」と言われ、まさかまさかの大学生になることになります。

※相手キャッチャーにデッドボールを要求される様

【大学生活~ バイト三昧かと思えば海外いたり】

大学は家からバイクで通える距離だったため、入学してからやっと自由な時間が増えました。

学校が終わると週6くらいで焼肉屋のバイトに入り、友達の家に行ってお酒飲んで、、、という生活を2年続けて3年生に上がるとき、ふと「この生活あと2年は飽きちまうな」と感じ、

本を読んだり、映画をみたり、やりたい事探しをしていました。

ふと見た映画で大学生がカンボジアに学校を建てる内容の映画を見たときに、日本しか知らないしとりあえずカンボジア行ってみよ~という軽い気持ちでカンボジアに3週間ほど旅立ちました。そこではカンボジアの小学校に1週間ほどボランティアに行きました。カンボジアには体育の授業がなく、小学校で運動会を企画運営しました。そこで「イベント」というものに興味を持ち始めました。

その後また数ヶ月シンガポール、タイ、カンボジア、ベトナム、ラオス辺りでバックパッカーをしました。前半でお金をほとんど使い果たし、後半は野宿をしたりコウモリを食べたりと、現地の人に助けられながらもなんとか無事帰国しました。

現在〜今後

イベント21でまずは入社面接でイベント21節を感じることとなりました。 割とすらすら話せてよしよしと思ってたら、社長から「もうええから今までの人生で恥かいたおもしろ経験話して」一瞬真っ白になりましたが高校生の時いつも乗ってる電車の綺麗な人が外国人に絡まれてると思い勇気振り絞って止めに入ったらその人彼氏だった話で乗り切りました。

その後新卒合宿に参加し、3か月目標を新卒全員掲げ、右も左もわからないまま新卒歴代レコードの目標を立てることにより、入社後に現実を見ることになりました。とにかく拠点の先輩方にフォローして頂き、色々な現場、イベント、お客さんと出会えたことはその後の財産になって今となっては味わっておりてよかった負荷だと思います。

本当に様々な業種に携われる会社なので、毎日知らなかったことを知れる機会があるので、入社当時の成長の為ということを忘れずに今後も自分の成長、後輩の成長、会社の成長のために働いていきたいと思っています。